第三節 穴

「鍼灸医術」は病気を治すものであり、治す為には無闇矢鱈に体のどこに刺してもよい訳ではない。無茶苦茶に鍼や灸して病気が癒ると考えたら、とんでもない考え違いだ。
 もっとも、天然所応の場所としての穴を阿(アマネク)推して是(ヨキ)ところを捫(モミ)当(アテ)て、そこに鍼を刺し、灸を据える、所謂世上でいう推し焼き、推し刺しで病気が治ることもある、それが反応点療法だ。けれど阿是穴のことを田の畦にたとへて畦穴ともいうて、上手に渡れば捷径として行けるが、下手すれば足を田んぼへ突込むぞとのいましめであるとおり、反応点にやりさいすればいつもキクとは限らない。いつも柳の下には泥鰌はいないのと同じだ。キカないばかりか時には泥足になるように失敗して味噌をつけることさえある。
 けれど、穴というものはこうして人間に発見されたものだ、いわば古人先輩経験の所産である。
 日本人なら誰でも柔道の語を知らぬものがない。柔術の当身とか活とかの言葉もしらぬもの少ない、よくいさかいをして人を撲り倒したり、撲り殺したりする、人はこれを当り所が悪かったという、当たりどころというのは、いわば、急所なのだ。柔道の当身なのだ。倒れれば気付けをする、今のは人工呼吸というて胸郭運動をさせる為に、一人は患人の両手を引っ張り且つ屈する一人は肋骨下縁を押し上げ押下げる。呼吸運動をつけることによって自動的呼吸を営ませようというのだ。外からの運動によって内の生機をうごかそうとするのだ。柔術ではこんな手廻りくどいことはしない、肩甲間部脊中腰に打撃を加えるとか、圧えるとかする。それで息を吹き返すものだが、それでも、息を吹き返さぬものは臍下丹田部をグッと拳で強圧する、それで、大抵は息を吹き返すものだ。こうしたことは、常識として誰でも知ってのことだ。倒す実験も、生かす実験も術に自信のある柔術家にとってそれはそれこそ活殺自在に出来ることだ。生きた人間をそのまま実験に供することが出来る、全く事実のことなのである。
 近世に於いて鍼灸臨床家の一人とし、声名をはせた澤田流開祖澤田健氏は実はこうした柔道から鍼灸の臨床に入った人であった。従って実際治療に秀でていた。修練によって手にいれた「技術」をもっていた。
 こうした人は澤田健氏のみではない、脈診一点張り、古法一点張りで九十才の長寿を完うするまで臨床一本に生き通した八木下翁にしてもその通りである。熊本の鍼医 太田隣斉先生の事蹟を調べて見ても又然りである。実地から実地へ、実践から実践の行を積んで一家の見を樹てた。それは生体を生のままに、生活しつつある生命全体として眺め、掴み得たからである。
 穴は生命に直接するのであることは分った、だから、生命の変異たる疾病に対して「処理の場」として使用し得るのである。
 穴は人間が考えたり、工夫したりして作ったものではない。本能的にとさえいうほど自然に知らず知らずのうちに人間によって、その存在を発見されたのである。西洋医学に云う、圧痛点、反応点、感覚投射像知覚過敏点(表在知覚点、深部知覚点)その他胃潰瘍に際しは現るる胸背圧痛点(dorsale Druckpunkt)盲腸炎に現るるMac-Burney氏圧点、ヘッド氏帯、小野寺氏圧点なども自然発生的なものだ。これ等は経験の所産である、生命全体の表現である。
 これ等を連ね、組織を与え系統立てたのが、今われわれの手にある経穴なのである。
 穴は阿是穴(天応穴、捫当穴)奇穴、私方穴、朝鮮穴、経穴と順を追って組み立てられた生命体の表現である。
 註 詳細は別著「経絡治療講座」参照

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