第五節 気血営衛

経絡の表明は一応感覚の面に於いて処理されるかに見える、それでは、その経絡をめぐる気血はどう説明されてゐるか、一応の当りをつけて置く必要がある。
 男女の交接は自然発生的であり太古素朴の人には不思議とも思はなかたつた、が、子供が産れるといふのは不思議なことだ、と我々の祖先は考へたに違ひない。この考へは当時の「科学する心」であつたらう、今でも男精泄出を「気」が行くといふ、こうした、男女交接の相を他生物と比較し、そこに類型を求め、古代人的な一つの説明―即ち彼等の科学―が次の考へなのだ。
(一)父母交媾成胎、先天の気
 父母交接の間父の一滴の精液、母の子宮に凝り、胎を致すものだとす、交接の間、女子の感気専にして子宮の門戸開発の時、男の陰深く至つて直ちに子宮中に射せば男の精気よく子宮に納り女精と合して胎を生ずるのだと云う、『内経』の「天年篇」にも「岐伯曰以母為基、以父為楯」といふも同じである。
 男女両精子宮に入れば子門閉塞し再び開かない、女子の経水止まり、精胎養ふ、男女の象形を生する象形の生長につれ子宮も張脹する、これより先、胎上浮皮を生ずる如く、胎気始に生ずるものを胞衣といふ、胞衣は胎児母腹にあるや一系を出して臍に連る、それが、臍帯である。母の水穀血液濁れるを胎衣に、其精の精気は臍帯を伝ふて胎を養ふのだとする。
 双胎は子宮開くこと再度、男精納ること再度なるに生ずるものとする、男精は厚く少く、女精は薄く多い、一交接の間女は両三度泄精するも、男は一度をもつて期とする、それは猫など異性の異るによりて毛並みの異つた子を産むことなどから気づいたことではあるまいか。
 父母会交泄精の時、父の交感の一気、其の精中に存する、それが其の子の神となると説く。性質の遺伝と見ることが出来る。父精中に存するを神といふ、精はもと陰であり、下りて下焦陰位(腎)に留まり、神は陽で上り上焦陽位(心)に当る、精の生を致すは神による、神の生を致すは精に舎りて能気あるによるといふ、だから、神精両者は生命の根であると説く。個性である。
 ここで、先天の神精があることを知る。それは父より稟るもので、清浄粹明なもの、清中の清である、腎は水蔵であるが、陽気を有してゐる。この陽気が先天の元気である。これは難経八難にある「諸十二経脉者共皆生気の原に係る」といふ、生気の原である。これは又、十二難の根本、腎間の動気、五臓六腑の本、呼吸の門、三焦の原、守邪の神、命門の火とも称する・腎中の相火ともいふ、精の用である、神は火の始め、火は神の根、天授の神気、人神なりといふふうに思想が発展した。これは心神日(君火)とは別なるものとされた、心は心臓に舎り、心の主が神である。その位は膻中であるとする。
 子宮中の両精合して一ヶ月は白露の如く、二月は桃花の如く、三ヶ月にして始めて胎形を芽し、漸次生を成すと説く、十月臨産をは自然の理にして十は数の極なれば普通とするが、八九月―十一二月と実際は生産に遅速がある。これ等を古代人は、草木の果実、時期、質の剛柔により熟するに早遅あるが如く、父精母血の虚実、天気自然の状態によつて異ると考へた。
 育胎中女の経水止るは人の知るところである。経水は経脉(任脉、督脉、衝脉)が子宮胞中に起り、会陰に行く、従つて、子宮は周身の諸経の血液尽く是に注ぎ遂に陰戸に下り泄れる、これが経水だとする、この経水が育胎の為めに外泄せず、為に、孕婦は経水を見ないのだとした。然し、孕育十月の中に経水の下るものがある。併も、其胎の患なきものは其婦の天稟、血分有餘の質であるから、精胎を養ふ外、なほ泄す所の餘血があるからだと考へた。このやうに、自然認識的に考へたものであつた。こゝにも個体差を物語つている。
 さて、婦人生産し終れば乳汁通ずる、女の乳房は上部に露はれて、乳液上に溢れるは、泄精が溢れて上るものだとした。従つて、乳汁泄通の間は必ず経水下らぬものと考へた。上に通ずる乳汁と下に泄るゝ経水は倶に血液の化せるもの、中焦水穀の精微になるもので、注ぐ所の部属に従つて赤く(経水)白(乳汁)いのであるとした。産後乳汁少き者は中焦のはたらき少きか、水穀精微虚するか、任督衝脉に渋滞があるかである。
(二)児成る、後天之気
 以上のやうにして、児は乳哺水穀の精気を受ける、それが後天の気である。これを受け、情志起り発し、喜怒志憂驚恐の情起り、色欲泄精の気が備はる、清中の濁気ある為めとする。
 このやうに成る先天の気、後天の気が所謂気であるが、胎中に於いて既に気はめぐつてゐる。形体次第に具る、精神を養ふ者なきときは絶す、神より気わかれ、精より血わかる、気血は精神を行らし養ふ、気は神の中より別れ、血は精の中より別れ出る。
 気は周身に満て温なる者、形気なり、肺に属し舎る、血は一身に満ちて潤ふ者、肝に蔵る、陰精より別るゝものなるも赤色陽色なるは全く陰に属するものではない。その用は陽に応ずるを示す。血は昼夜周身を運行すること十六丈二尺の経脉に従ひ、五十度にして流行する。
 精神は根で気血は支である、然るに、気血を舎す肺(気)肝(血)が根本たる精神を舎す心(神)腎(精)より上に位す、脾は穀府で四方に及ぶ、これは草木の根は下に、支葉は上にあるのと同じだとみた、人身万物倶に形は気(天一水)より生じ形なりて後気(地二火)形を養ふ。
 穀府たる牌のはたらきによつて飲食物は中焦(脾胃)に入り穀の精微は上つて陽分に行き(蒸れ気分に行き)神を助ける、陰分に行くものは下つて血分に注ぎ精を助ける。これによつて、皮肉筋骨毛髪頭足養はる、と考へられてゐる。
 水穀胃中に入り、先づ蒸出する気升りて膻中に会聚し、呼吸を致し、肺気を助け、心神を養ふの気となる、これを宗気といふ、宗気の聚る所を「気海」といふ、この「気海」は膻中の所にて胸内であり、下焦臍下の「気海」は陰中の陽気の聚る所である。
 乳哺水穀胃に納りて脾これを消化し、水穀消化の精気は変化して営血となり、其の悍気は変化して衛気となる、精気と悍気により気血養はれ、精神又これにより養はる。
 このやうに、気血が全身を養ふものと考へられたのである。体液に疎き現代医学の考ふべきところであらう。
(三)営衛
難経三十難に「人は気を穀に受く、穀胃に入つて五臓六腑に伝ふ、五臓六腑皆気を得て、其の清なるを栄と為し、濁れるものを衛と為す。栄は脉中を行き、衛は脉外を行く」といふ。
 栄は陰であり水穀の精気、其行は遅く、清者は滑利濁中の清者也、衛に従ひ中を行ぐ、衛は陽であり、水穀の悍気其行は速く、濁者は慓悼清中濁者也、外を行くものである。
 然し、精気が脉中に入れぱ濁り、悍気が脉外に行つては清む、栄衛は皆水穀の気であるが、別けて云ふと、栄を血とし、衛を気とするのだといふ。これ衛を淋巴液、栄を血液といふ所以であり、これ等を気でいふと元気、正気といふが、正気虚せぱ邪入るなどといふことは淋巴球、白血球など血液、血清中の抵抗物質のはたらきと考合して分るやうな気がする。
 衛気は脉外を行き、営(栄)気は脉中を行くことについて明治薬学専門学校長たりし恩田重信氏が七十七才の著「漢法医薬全書」二三五頁に次の如く記載してゐる。蛋自質、脂肪、含水炭素の三つは必要欠くべからざる営養素と唱えてゐるが蛋白質でも、合水炭素でも、固休又は液体では何んの役に立たぬものであり、どんな多量に営養物を含んだ飲食品でも胃腸に入つた営養素が奇麗に水に溶解しなければ三文の価値もない。所で水に溶解するといふことは取りも直さず営養素がガス体に変化するといふことである。食塩はよく水に溶解するが普通一般の人は其の食塩が水素ガスの様なガス体に変ずるとは思ひなさぬのである。が、実験に拠れば水に溶けた食塩はガス体の理学的性質を立派に具備してゐるのである。言ひかゆれぱ、飲食品の営養素は総べて気体となつて吾々の全身に瀰満してゐるのである。是れが即ち素問霊枢の謂ふ気なのである。然もこの気に伴ふて全身に循環してゐるのが血液である と書かれてゐる。恩田氏は余の餓灸治療を受けた人であるが、談話中「脉外をガス体が行り、脉中の血液がこれに伴ふて行くのだ、それは西洋人で既に云ふた人がある」と語られてゐたが、餓灸術はかゝる気血経絡を対象とする治術であり、かゝる、人体生成の理に基ける治術なのである。
 そして、これ等の事柄はなほ一層科学的解明を与へらるゝ時機が到来するであらう。けれど、我々は「疾病を治する為めの鍼灸術」こそが唯一無二の目的であるから、これ等の知見は先哲の臨床的遺言として、一応はこれを前提とし、先哲の実証医術に至る手振りを習ひ手に入るべく精進せねぱならぬ。

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