第八節 四診(6/6)

ロ、腹診

 腹診は内経に起源したが中国ではあまり発達せずして、日本に於いて古方漢方医家の強く提唱したものであつた。腹診法は腹診によつて得た所見を直ちに治療の指示にせんとしたところに特長がある。
 殊に吉益東洞先駆となり門人瀬丘長圭は「診極図説」を著し、腹診上留意すべき部位、所見をのべた。又、稲葉文礼の「腹証奇覧」和久田意仲の「腹証奇覧翼」多紀元堅の「診病奇侅」等は有名な著書である。
 鍼灸界に於いては上述せる如く専ら脈診による証決定によりて治を施せるもの多く、腹診によるものは少かつた。が、「夢分流」の「鍼道秘訣集」及び著者未群の「獲麟籍」位である。これ等は腹部に臓腑を配当してゐるところが、後世派的である。
 腹診を為すに患人を仰臥させ、両足を伸ぱし、両手を外股につけ、先づ、虚里を候ふ五六息動を候ひつゝ患人の気をしづめ、次に上腹のところを押へ、静かに左右を候ふ、押へて病人心よがるは虚なり、押へて痛むは実なり、軽く押へて痛むは邪表に、重く按へて痛むは邪裏にあり、臍上臍下平均してさわりなく、胸下すき、臍下ふわりとふくれ押へごたえあるは腎精の実で無病の徴で、臍下すき、たて筋あるは精虚である、病なきやうなれど病人なり。開元の穴は天の一元の気を候ふ、一身の太極、腎間の気を候ふ、こゝを人の生命、十二経の根本、三焦の気を候ふところとする。次に心下、三脘、小腸、陽明、両脇、臍中を候ふ、殊に募穴は丹念に診るべきである。
 次に主要なる腹診の目あてをのべよう
  1. 鳩尾――心臓を配す、邪あれば目眩、舌病、頭痛、不眠、睡中驚き、怔忡、心痛。
  2. 不容――脾の募とす、脾臓の病を知る、こゝに邪気あれぱ乎足、唇の病、両肩痛む。
  3. 期門、腹哀――肺先とす、脾募の両傍、茲に邪気あるときは息短、喘息、痰出、肩臂の病あり。
  4. 章門――及章門の上下を肝の蔵とす、こゝに邪気出れば眼目の痛、疝気、気淋、胸脇攣痛、短息、短気にて酸きものを好む、足の筋攣ること屡々あり、諸病寒気するは皆肝の業なり肝瘧は此処に邪気あり、針して邪を退るときは癒る。
  5. 鳩尾と臍との間――こゝを胃の腑とす、万物土より生じ、土に入る。胃腑飲食の入る為に実易く、実によつて邪気となる故に草臥れ眼を生じ、扨は胃火熾なるが故に食物を焼き胃乾くにより食を沢山に好み喰ふ、其の終りは手足腫れ土困しめぱ腎水を乾し脾土へ吸取られぬにより、腎水共に乾き火となり邪と変じ小便止る。
  6. 実之虚――臍上実し、臍下虚無にして力なき腹なり、上気、短気、食後眠来、気屈し易しく、ため息あくび、肩胸痛むことあり、脾胃実腎虚なり。
  7. 虚之実――臍上虚、臍下実なり、無病なる人は吉、病める人は腹下るか、腰痛む、小便不通、淋病、大便結、女は帯下あるが、経閉、疝気、瘀血、湿邪を受け寒込みたるなり。
  8. 実実――臍の上下共に邪気あるをいふ、心痛、大食傷、急病、頓死などの腹なり。
  9. 虚虚――臍上下皆虚なる腹なり、最も悪しく、虚労等に出る腹なり、病人を草臥させざるやう針すべし。(以上鍼道秘訣集)
  10. 虚里(心尖搏動部)――動ありて痰飲、傷寒、熱病あれば重症。
  11. 中脘及臍の左傍動悸高きものは胃の気絶重症。
  12. 臍の上下動気あるもの腎気逆上難症。
  13. 水分穴動気あれば外邪、動気低きは内傷。
  14. 臍の右天枢の辺動気あれば瘀血。
  15. 臍の左天枢の辺動気あれば表邪。
  16. 上下三脘の左傍動気細数し肋中に上るは蛔虫。
  17. 左右胃経大筋あるは脚気、足痛。
  18. 左日月、期門結穴に塊状あれば癇症、神経質、口苦、寒熱往来、胸脇痛。
  19. 右不容の辺から下筋張るは痰症、気塊。
  20. 右大横の辺の塊りは尿病、淋疾、茎痛下疳、水毒。
  21. 左幽門のこりは頭痛、項強、悪寒、発熱、体痛(以上経験方による)
  22. 臍上に大さ臂の如く上り心下に至るは心積(伏梁)久しく愈へざれば煩心を病む。
  23. 左脇の下、覆杯の如く大小本末あるは肝積(肥気)久しく愈へぎれぱ咳逆、痎瘧して己えず。
  24. 胃脘にあつて覆大盤の如きは脾積(痞気)四肢、不収、黄疽を発す。
  25. 右脇下に杯の如きものあるは肺積(息賁)酒淅、寒熱、喘欬、肺壅を発する。
  26. 少腹に発して上り心下に至り豚の状の如く或は上り或は下つて時無し、腎積(賁豚)久しく痊えざれぱ喘逆、骨痿、少気なり(以上「難経」による)

治療に際してはこのやうな腹診と脉診とを参互して証を決定するのである。

ハ、切経、背視

 手足三陰三陽並に久病には正経、奇経を触診し、皮膚及び皮下の異常を検するを切経といふ。
  1. 実は線状の硬結物、塊状、泥状物(瘀血)小塊の聚合物、棒状、板状、骨様塊等按圧して痛むもの等の触感あるものいふ。
  2. 虚は陥下、陥凹、手触れて痒感、局部的軟弱感、くすぐつたい感あるものは虚である。

 これ等の感覚は疾病時には殊に顕著にあらわれるもので、痔疾に際しての上孔最穴、便毒には中渚穴、ゲキ門穴、下肢疾患には裏環跳穴、殷門穴、丘墟穴、上肢疾患には肩髎穴、欠盆穴、膏肓穴、頭病には天柱穴、風池穴等に多く実証の反応を肺結核の末期に肺経の陥下即ち虚証の反応を現はすのはその一例である。
 ヘツド氏帯最高知覚過敏点、小野寺氏圧点等も経穴と一致するものであり、その相応ずる疾病の場合は実、虚の反応を現はすものである。(但し、経穴とヘツド氏帯とか小野寺氏圧点かととは本質的に異るものがある)
 特に、原穴、ゲキ穴、絡穴等の変化の有無を丹念に診るべきである
 背視は脊柱並にその両傍の肉理を診するもので、脊柱端正なるか、椎骨均整なるか、凸出、陥凹、左転、右転、転移等注意し、偏せるものは左右の虚実が出来るものだから、その虚実を正し、虚は補し、実は瀉するのである。又その第一行(脊際)を診して内臓の熱を見、第二行を診して臓の変化を、第三行を診して腑の変化を診する。

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