第八節 四診(4/6)

(四)切診

 難経では切脉して之を知る者は其寸ロを診し、其の虚実を視、以つて其の病を病ましむること何んの蔵府に在るかを知るなりといふてゐる。これは六部定位の脉診によりて陰陽臓腑虚実を知るの方法をいふのである。望診に秀ひでたる澤田健氏に比ぶべき九十翁八木下勝之助先生は実に近世に於ける脉診の名人であつた。翁は脉に従ひ一切患者の言をきくことをせず、「病人は世まよいごとをいふてゐるものだ、そんなことを聞くより、脉の方がちやんと病気を教へてくれる」と、何遍となく余にも云ふたものだつた。
 こんな逸話がある。
 或るとき肩凝りだから鍼をしてくれいふ浜の漁夫が来た、翁は脉を見て、鍼を執らず「お前さんには死脉が出てゐるから、お前さんには鍼をしませんよ」と云ふた。ところがその漁夫は大そう立腹して「とんでもないことを云ふ老爺だ、高が肩が張つた位で死んでたまるもんか、年をとるともうろくするもんだ、もうろくするにも程がある。こうピンピンしてゐる者を死ぬなんて」と隣り近所へふれ廻つたものだが、半年ぱかりしてぽつくりと死んだといふ。もう一例これは余の弟子の某君だが、試験も受け合格し、郷里に帰つて開業するについて余のすゝめで、八木下翁の治療所を見学しながら、身体があまり丈夫でないので治療を乞はしめた、ところが翁は脉を診て「これア、あんた、人の病気を癒すどころではないですよ、大変な躰だ、よつぽどみつちりあんたの躰に治療しなけれぱ、とり返しのつかぬことになりますよ」と云はれたといふ。ところで本人はそれほど感ぜす、鍼や灸をしながら治療するなら差支えなからうと、郷里に帰り開業した。幸か不幸か、所謂、経絡治療で、沢山患者も来、一人では手が廻りかね、教員をしてゐる妻君まで、東京に出して免許をとらせるほど繁盛した。が、一歳を出でずして不帰の客となつたのである。名人芸に達すればこのやうにおそろしいものである。我々は実にこのやうな生き証人の示した先人の遺訓を忠実に実践することによつて治療成績をあげてゐるぱかりでなく、この道は我々のみの独専すべき道ではないと信ずるが故にこれを公開し鍼灸人をして一人でも多く社会の病人を癒やしめ、社会に福祉を与え、鍼灸の価値を認識せしめ且つ高め、世界に示す科学的医術たらしめんとの微志のもとに筆に舌に叫んでゐる次第なのである。話は又ぞろそれたが、脉診の実際性はやつてみたものでなければ分らぬのである。
 脈診のことは後述するが、切診は脈診のみではない。腹診、背視、四肢経絡診が含まれ、手指感覚によつて、動気、痞塊癥瘕、瘀血塊、硬結、圧痛、知覚過敏、陥下無力、溢隆、緊堅、血絡横居、脊椎凸出、陥凹、左旋右旋、左転右転等の異常を知ることにより、陰陽虚実を弁じ、臓腑経絡のいづれの病なるかを知らんとする診法なのである。

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