第十四節 鍼灸科学の業蹟

 明治の末期から鍼灸に関心を持つてゐた医学者が現代基礎医学的に研究してくれた。その研究論文、並に文献は巻末にある、その研究業蹟は大体次のやうに分けることが出来る。
(一)穴に関するもの
 これは後藤道雄博士のヘツド氏帯と鍼灸術の研究並に京都医大生理学教室を主とする。即ち、石川日出鶴丸博士の交感神経二重支配法則に基づく学説、及び九大の小野寺直助博士の「圧診法」に於ける深部知覚点位ひである。後藤博土に従へぱ経穴はヘツド氏帯最高知覚過敏点だから、皮膚を灼かなくてもよい、温灸で事足りといふ、これは第二の血清血液に及ぼす灸の科学的業蹟と喰ひ違ふし、小野寺博士の説とも喰ひ違ふ、我々の臨床とはあまり縁がない。とかく、今までの科学とはこんなものである。
 石川学説を主流とする学説は、まだ、治療の実際に役立つやうには組立てられてゐないといふ、ありそうなことである。だが、我々はその大成を渇望する、科学的な経穴が内臓に連り、或る病証をピタリと治する具体的な点を科学的に現実の病人に求め得る方法を教へてもらひたいものである。ことのついでに、科学的な器械でも出来たら結構この上もない。坊間にある「探索器」なんてものでなしに、真に臨床に使へるものをと我々は熱望する、何んでも科学で出来る筈なんだから出来ない筈がないと思ふが、だが、我々は我々の指端を練磨することにより古人の遺業を具現すべく努め、また実現しているのである。
(二)鍼灸を刺戟とし、血液像に及ぼす作用に関するもの
 藤井秀二博士の「小児鍼」の研究は御苦労なものであつた。原志免太郎博士、青地正皓博士、 時枝薫博士等の研究も労作である。鍼は器械的刺戟灸は温熱的刺戟であり、変性蛋白体刺戟であると片附けてゐる、その通りである。然し、それが鍼灸の全部ではない。小児鍼と他の器械的尖鋭物との実験的比較が実験されなければ、またされたならば、小児鍼の研究も影を薄めはしまいが、小児鍼はたしかに交感神経緊張を招来し、網状織内皮細胞系をして作用旺盛ならしめ種々なる血液血清像に人体有益なる物質が増加するだらう、だから藤井博士の云ふやうに、Unstemmungstherapie 変調療法には相違なからう、が、尖鋭物質をもつて皮膚に接触的刺戟を与へても同様な結果が実験的現象として出て来はしまいか、出て来そうである。出るとすれぱ、藤井博士の研究は小児鍼の研究ではなく物質的尖鋭物の皮膚接触的刺戟の研究になるのではあるまいか、原博士以下の業蹟もその通りである。灸が単なる蛋白体刺戟療法ならぱ、原博士の云ふ通り、腰部八点穴でことたりる訳だ、腰部八点穴なんて名前をつけるにも及ぱない、皮膚のどこでもよい、いな灸するに及ぱない、京城大学の大澤健博士ではないが、Omuuine のやうな、Moxolのやうな蛋白体、血清を注射すればよい訳だ従つて鍼灸家なんて不要な訳だ、ところが我々鍼灸家は、そんな説には納得出来ない。何故ならぱ、鍼灸は現代医学とは別個な治療体系に基づいて治療してゐるからなんである。山崎順博士の言葉をかりて云へぱ、「今の幼稚な科学では分らぬ、明日の科学に根ざしてゐる」からなのである。
 詳細は各論文について見られゝば分るが、こんなところに今の鍼灸の科学が位置してゐるのである。我々の臨床とはさして関係もなく。

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