第十五節 鍼灸科学化の方途

 鍼灸術は科学的実践であると我々は信じてゐる、板倉武博士のいふやうに、従来の鍼灸科学は「病の科学」であつた。静態基礎医学的研究であつた。が、それでは鍼灸の本質的なるものはつかめはしないし、鍼灸の治療には役立たない。
 鍼灸のあらゆる現象をそのまゝに「証の科学」我々のいふ「動態基礎医学」としてこそ鍼灸の本質的なものがつかめる、鍼灸は経絡を基調にする随証療法といふことに価値があるのである。こゝにこれからの鍼灸人のやらねぱならぬ重点がある。
 鍼灸と人体との間に起る種々なる現象を私は「鍼灸現象」と称してゐる、この現象を人間に於いて、そのありのまゝにながめ、その自然現象から自然の理法を掴み取り、これに科学体系を与へるのがこれからの鍼灸の科学化なのである。
 この為には、価値ある鍼灸現象をかゝる立場を取る科学者に提供しなければならない、この仕事を果すか否かは我々鍼灸人の双肩にかゝつてゐる、下手糞な鍼灸家の現はす「鍼灸現象」は価値少き素材でしかない、上手な鍼灸家の現はす「鍼灸現象」は価値のあるものであるに相違ない。こゝに我々は技術の上達を念願し、腕を練らねばならぬ一大覚悟をせねばならないのである。
 この本を手にせる諸賢よ我々の技術を磨き上工の域に達することは患者が多くなると同時に、鍼灸科学化への礎石となることを忘れてはならぬ。
 茲に鍼灸医術の門に入る必要があるのである、門は門である、何分その堂奥を究めんとする熱情をさまさざらんことを、鍼灸の科学化の為に、昭和鍼灸医学の為に熱願したい。

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